2022 | 09.10 | SAT
西和賀町の職人たち
オープンキャンパス vol.03

今年10月のプレオープン(予定)に向けて、〈the campus〉のことを地域の皆さんにもっと知ってもらおうと、7月24日(日)に「オープンキャンパス」を開催しました。

クロスカントリースキー選手・田中ゆかりさんのトークショーを同時開催したこともあり、彼女の出身地である西和賀町を拠点とする木工やアイアンクラフトのショップにも集まってもらいました。

鉄なのに温かい
山のうえアイアン

「ロートアイアン」と呼ばれる鉄の加工技術を駆使してものづくりを行うのは〈山のうえアイアン〉の田中正博さんです。実は田中選手のお兄さんでもあります。

ちなみにロートアイアン(鍛鉄)は、ヨーロッパの建築や家具の装飾として施される工芸的な鉄加工技術のこと。

そんな田中さんが鉄のものづくりをはじめたのは約7年前。鍛冶屋への憧れから、いろいろな縁が重なり、ロートアイアンの手法で鉄の加工をするようになります。埼玉県川越市の職業訓練校や秩父での鉄加工の修行を経て、昨年冬に西和賀町へ戻ってきました。

鉢やバターナイフ、フライパン、お皿など、アイテムは幅広い。
「なるべくその場所になじむものを意識してつくっています。自然のものからアイデアをもらってつくることが多くて、鉄の表面のでこぼこした感じとか、一般的な工業製品では味わうことのできない、手づくりの温かさが伝わるようなものをつくっていきたいなと思っています」

鉄というと冷たいイメージがありますが、田中さんがつくる作品には柔らかさがあります。直線ではない、自然なうねりのような、そうしたディテールが積み重なって温かみが生まれています。

「西和賀町はいろんなことに挑戦しやすい環境があります。人数が少ない地域なので、いい意味で好き勝手できるところがいいですね(笑)」

自然豊かな西和賀町で家族とのびのび暮らせることを夢見ているという田中さん。これから西和賀で過ごす時間を重ねた先に、作品づくりの新たな境地も見えてくるかもしれません。

元オリンピアの木工職人
nokka

田中選手とのトークショーにゲストで参加していた工藤博さんは、クロスカントリースキーのオリンピアンで、現在は西和賀町を拠点に木工房〈nokka〉を構え、木工職人として活動しています。

青森県出身の博さんは、2002年に開催されたソルトレークシティ冬季オリンピックに出場したクロスカントリースキーの日本代表選手です。翌年に競技を引退したあとは、注文住宅の営業を2年半続け、その後は今に至る木工の道へ進むことになります。

「自分自身の棚卸しをしたときに、スキーをやっていたことやヨーロッパを回ってきたこと、色んな森や木の空間へ行ったこと、ものづくりや建築空間が好きなことが浮かんできました。その上で、自分ができることは何か考えたときに、ウッドデッキの制作だったら自分でできると思って独学で制作をはじめました。そうして木に触れているうちに家具もつくるようになって、今に至るという感じです」

今はオーダーメイド家具の制作に加えて、紙コップに取り付けるカップホルダーの制作がメインとなり、北海道から沖縄まで全国から注文が入るほどの人気ぶりです。

博さんの妻・智美さんは、自身がセレクトしたハーブティーの販売を担当。木工房のショールームでも販売しているという。

工藤夫妻が西和賀町へ移住したのは2019年6月。智美さんの出身地が西和賀町だったこと、そして、これまで博さんが目にしてきた北欧のような町の風景に心を奪われ、移住を決意したと言います。

「西和賀町を出てから2時間後に仙台のインターを降りて周りの景色を見たときに、『俺は生涯ここにいていいんだろうか』って思って。2時間前まではあんなに景色のいいところにいたのに、今はこれか、みたいな。それが大きかったと思います」

そのあとは智美さんとの話し合いやお金のシミュレーションを重ね、最終的には勢いで仙台市の工房とアパートを引き払うことを決めたそうです。空き家と土地を安く譲ってもらい、西和賀での生活がはじまったのでした。

今年の3月には、久しぶりにスキー道具を引っ張り出して、自宅周辺でクロスカントリースキーを楽しんだという博さんは「最高に気持ち良かった」とうれしそうに話してくれました。息子さんを肩車して山の中へ入り、ソリなどで遊び尽くしたようです。いずれは家族全員でクロスカントリースキーをするのが楽しみの一つなんだとか。

仕事と生活が混ざり合い、かつ大自然の中でウインタースポーツも満喫できる暮らしは、西和賀ならではです。雪好きにはたまらない地域ですね。

気ままな木工家
waranoue

「つくって売ることにこだわってないし、デザインとかもこだわってなくて、木のクセに任せてます」

そう話すのは生木から器やカトラリーをつくる〈waranoue〉の藤原隼さん。いきなり面食らったその仕事のスタイルはかなり独特です。

「海外の人って仕事しながら木工したり、ワークショップしてつくって売ったり、趣味の延長みたいなところがあって。自分が使いたいからつくるって人も多いです。これを絶対売るぞみたいな感じでもなくて、そこがいいですよね。売れなきゃ人生終わりだ、みたいな日本人っぽいあれが苦手で(笑)。木工を覚えたら、派生的に木の伐り方も自然と覚えたし、伐採の仕事を将来やるのもありだし、だから仕事は別に何でもいいんですよ(笑)。何か関連があれば」

約10年前、フリーターだった藤原さんは独学でウッドターニング(木工旋盤)を学びはじめます。

「ネットかなんかで偶然ウッドターニングっていう木工のことを知ったんですよ。なんかかっこいいし、西和賀の木を使ってやったら面白そうと思って。西和賀なら仕事として誰もやっていなかったし、自分ひとりならそれなりに食っていけるんじゃないかと思ってはじめました」

ウッドターニングとは、木工旋盤と呼ばれる機械を使い、木材を回転させながら刃物を当てて削り、お皿やお椀などをつくる木工技術のことです。

「日本の伝統的なろくろ師とかって、弟子入りして修行しないと技術を覚えられないじゃないですか。でも、ウッドターニングの世界ってちがうんですよ。外国の文化なので、みんなでワークショップを開いてスキルを教え合うから、すごい自由なんです。日本だと秘密主義だから、素人が絶対にできないような雰囲気なんですけど(笑)」

確かにwaranoueの作品には、藤原さんの自由さが表れているように感じます。

制作方法もかなりユニークで、材料を買うことはあまりなく、自分で山から伐り出してきた木をチェーンソーなどで製材し、乾燥させずに生木の状態で加工しているそうです。友人や知り合いからの依頼で山の木を伐ったり、もらったりすることが多いと言います。

割れや節がある材はランプシェードに使用。割れ目からこぼれる明かりが、一層美しい光を演出してくれる。

一般的には、生木が乾燥する過程で材が縮むことにより割れが入るのを避けるため、木材を乾燥させてから木工品をつくります。ですが、藤原さん曰く「厚みがあれば生木でも割れません。厚みが2〜3㎝になると割れますけど、薄くても厚さが均一だと割れにくい」そうなのです。

最近では、山での作業によって木工の時間が削られてしまうことが困りごとだと言います。
「薪がほしい人と一緒に山へ行って、細い木はあげるけど、太い木はこっちがもらうとか、そういうシェアができるといいなって思ってます」

自ら山に入る木工家の存在によって、西和賀で新たな森の活用方法が生まれる期待がふくらみます。

それぞれの作品を見ながら作家さんと直接話すことで、たとえ西和賀町を訪れたことがなくても、なんだか町の風景が見えてくる気がします。その一方で、実際はどんな景色が広がっている地域なのか、確かめに行ってみたくもなるものです。ぜひそれぞれの工房も尋ねてみてください。